こんにちは。日本共産党八尾市議会議員 田中裕子です。

ヒゲの校長に映画を見て

[2024.11.18] -[インフォメーション活動トピックス]

昨日ヒゲの校長先生の映画を見る機会があった。
当時生野聾学校で手話を守り通した唯一の学校。
とっても考えさせられた。

手話の歴史にとどまらずあらゆることを。

どんな障がいがあっても、何があろうと子どもの全面成長発達の権利を保障する教育の条理と普遍性を!

「音のある世界で、音が聞こえない子どもの心に響く言葉が手話なんです」

この言葉が忘れられない。

指文字が学校の教育現場で作られ、発信されていった歴史も驚きだった。
音声言語と手話を結ぶ架け橋が子どもの教育保障の立場から生まれたんだと。

口話を巡る攻防も興味深かった。

「喋ることができたら恥じることがない」
この思いが痛いほど伝わってくる。なぜその立場に立たないんだと。
挙げ句の果てには、文科大臣が訓示までして口話でいけと。
そもそもこの時代に教育の自主性があったとは思えないが、国家が推進するとは…。

でもヒゲの校長先生は国家権力にも同調圧力にも抗してみんなの前で発言。

「喋れないことは、恥ずべきことではない」

今の世界では当たり前に受け入れるべきことであっても、当時この発言を発信することは、真の勇気と確信が無いとできないだろう。真の教育者でないと。

この不屈性と先進性を裏づける信念はどこから湧きでていたんだろう。

地の塩になりなさいと言う最初の神父さんの言葉を思い出す。

そしてコミュニストも命がけで平和と人権をかけて国家権力と闘っていた時代に思いをはせました。

 

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